| 昭和40年 |
第47回全国高等学校野球選手権北奥羽大会に一戸高校、水沢一高が出場。
第18回東北六県春季高等学校野球大会が盛岡で開催され、盛岡商業が福島商を7−5で破り優勝。
軟式野球で盛岡商が国体に出場。大沢野工を3x−1で下し準決勝戦で新津高に3−1で敗れた。
大会入場料を一般 100円、学生 20円とした。 |
| 昭和41年 |
会長に鈴木重徳氏、理事長に佐々木淳夫氏、事務局長に藤原 博氏が就任。
第38回全国選抜高校野球大会に盛岡商業が出場、兵庫育英と対戦し6−2で惜敗。
第48回全国高校野球選手権北奥羽大会で花巻北高が3−2で久慈高を破って代表となり、全国大会に出場したが平安高に9−0で敗退。
学生の入場料を30円とする。 |
| 昭和42年 |
会長に菅原成徳氏が就任。
第49回全国高等学校野球選手権県予選では盛岡三高が名将村田栄三監督の指導の下、初の代表となり、久慈高と共に北奥羽大会に出場する。東奥義塾4−0盛岡三、八戸工業2−0久慈。
軟式野球選手権大会では黒沢尻工業が奥羽大会を制し全国大会に出場、決勝で静岡商業を1―0で下し優勝を飾る。更に国体にも出場して準々決勝まで進んだ。 |
| 昭和43年 |
岩手県高野連の役員が高等学校の関係者だけで構成される。
会 長 菅 原 成 徳 氏
副会長 松 嶋 真 蔵 氏
副会長 小野寺 忠 男 氏
副会長 寺 田 尭 郎 氏
理事長 佐々木 淳 夫 氏
事務局長 菊 池 滋 夫 氏
夏の選手権岩手大会の地区予選を県内8地区で開始。第50回全国高等学校野球選手権大会は記念大会であり一県一校の代表となり、盛岡一高が出場、準 々決勝まで進み興南高に10−4で敗れる。盛岡一高は福井国体にも選ばれ、2回戦で松山商業に1−0と惜敗する。
軟式高校野球選手権大会に出場した花巻商業は早実を3−0で下し、準々決勝戦で下関に4−2で敗れる。
登録料3000円をこの年から徴収したもよう。 |
| 昭和44年 |
副会長に目時隆太郎氏就任。
連盟創立20周年を記念して夏の選手権大会の開会式において審判員を表彰する。
第51回全国高等学校野球選手権岩手大会では一関工業と一関商工の一関勢が代表となり、北奥羽大会に出場したが共に初戦で惜敗する
軟式野球全国大会に花巻商業が出場し、準々決勝まで進み渋川工業に1−0 で敗れる。花巻商業は国体にも選ばれた。
入場料を一般150円、学生50円とする。加盟校 硬式64校、軟式16校 |
昭和45年
(1970年) |
副会長に太田原 正氏が就任。
事務局校である盛岡工業が市内上田から都南村の現在の地に移転、岩手高野連創立20周年を記念して記念誌を発刊する。
国民体育大会が岩手県で開催され、盛岡商業が出場、2回戦の大分商業戦において、延長10回の末2−1で敗れる
軟式野球全国大会に出場した住田は準決勝まで進み、国体にも出場する。 |
| 昭和46年 |
副会長に高橋貞男氏、理事長に山田陸奥夫氏、事務局長に大向正剛氏が就任。
第53回全国高校野球選手権大会に花巻北高が出場したが12− 0で玉龍高に敗 れる。
12月、岩手県高校野球選抜チームが日本高野連の派遣としてフィリピンに遠征する。
団 長 佐 伯 達 夫 日本高野連会長
副団長 菅 原 成 徳 岩手県高野連会長
副団長 泉 英 昭 毎日新聞社事業部
随行役員 山 田 陸奥夫 岩手県高野連理事長
随行役員 及 川 晋 一 岩手県高野連顧問
監 督 丸 一 次 雄 岩手県高野連常任理事
主 将 階 光 男 盛岡三
副主将 佐 藤 嘉 明 黒沢尻工業
投 手 芦 口 武 志(久慈2年)菊 池 宗 司(花北2年)
菊 池 光 政(黒工1年)畠 山 司(専北1年)
捕 手 千 葉 英 一(関一1年)松 本 幸 憲(釜北1年)
内野手 佐々木 茂 明(花北2年)佐 藤 嘉 明(黒工2年)
小 山 圭 三(専北2年)岩 見 和 也(大工2年)
寺 崎 恒 男(釜南2年)
外野手 階 光 男(盛三2年)藤 原 悦 郎(修紅2年)
伊 東 友 行(宮商2年)小野寺 芳 男(大東2年)
試合結果 5戦全勝
第1試合 12月28日 対ブランカ高校選抜 1−13 岩手選抜
第2試合 12月29日 対フィリピン商科大学 1−12 岩手選抜
第3試合 1月 1日 対アラネタ大学 0− 5 岩手選抜
第4試合 1月 2日 対カローカン高校選抜 2−10 岩手選抜
第5試合 1月 2日 対カンルーパン高校 1−15 岩手選抜
関東以北の地から初めての海外派遣であった。翌47年からの海外遠征は春の選抜野球大会の優勝校となった。
第44回選抜高校野球大会に専大北上が出場。 1−0で花園高に勝って2回戦 に進んだが4−1で日大三高に惜敗。
軟式の全国大会に出場した釜石南は2回戦へ進み、国体にも選ばれた。 |
| 昭和47年 |
第54回全国高等学校野球選手権大会県予選で宮古水産、宮古高の宮古勢が県代 表となる。青森市で行なわれた北奥羽大会で宮古水産が、弘前実業、弘前高を連破して優勝する。全国大会では苫小牧工に5−0で敗れる。
硬式加盟校73校、軟式18校。 |
| 昭和48年 |
第55回全国高校野球選手権記念大会に盛岡三高が初出場。
初戦で八代東を延長11回の末1−0で破り、2回戦の藤沢商も1−0で破る快挙をみせ、甲子園に「さわやか旋風」を巻き起こした。3回戦の高知商戦では延長14回に及ぶ熱闘を展開し、2−1で惜しくも敗れる。「63歳の青春」と評された。名将村田栄三監督の好采配が光った。 |
| 昭和49年 |
会長に関口勝利氏、副会長に小林正行氏、同じく阿部巌氏、事務局長に奈良憲光氏が就任。
岩手県から毎年1校が全国高校野球選手権大会に出場することが決まる。初の岩手県単独代表校として一関商工が出場、開会式直後の試合で平安高と対戦し 9−1で敗れる。 |