岩手高野連沿革
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平成元年 (1990年) 会長に石本良司氏、副会長こ昆野昭氏、監事に中浜清輝氏が就任。
春季県大会の出場枠数を14校から21校に拡大。
第71回全国高校野球選手権岩手大会では盛岡三が優勝、2度目の甲子園出場を果たす。
秋季東北大会が盛岡で開催され、盛岡工業がベスト4へ進出。
平成2年 副会長に戸羽親雄氏事務局長に花井裕一氏が就任。
7月6日岩手県高野連創立40周年記念式典を行い、記念講演会、 祝賀会を開催する。記念誌「熱球K」を発行。
第72回全国高校野球選手権岩手大会では花巻東が優勝し、 2度目の甲子園出場を果たす。
岩手大会中は降雨に悩まされ、4日間の日程延長となり、設定した準決勝戦前日の休養日も取ることができず。準々決勝の麻生一関対一関商工の試合は延長18回2−2の引き分けとなり翌日再試合を行うも、またしても4−4のまま延長となり、12回6−4で麻生一関がからくも勝利する。熱闘30イニングに及ぶ大一番であった。
秋季東北大会において一関商工がベスト4に進出。第63回の選抜大会補欠校に選ばれた。
岩泉田野畑分校の軟式から硬式への登録替により、硬式加盟校89校、 軟式11校となる。
平成3年 会長に千葉仁氏、副会長に遠藤弘氏、伊東義一氏、石川景三氏、 監事に東久氏、浪岡真雄の各氏が就任。
春季東北大会で一関商工が準優勝。
第73回全国高校野球選手権岩手大会の抽選方法を準フリー方式とし、 球場検討委員会を設置する。 大会では専大北上が初優勝し、全国大会において村野工業を3−2で下し2回戦へ進んだ。
秋季東北大会で宮古が準優勝。6月、花巻で東北地区審判講習会が実施され、日本高野連審判規則委員の三宅、相沢、桂の三氏の指導を受ける。
花巻南が新規加盟し、硬式加盟校90校となる。
平成4年 副会長に岩淵 守氏、理事長に小川隆弘が就任。
軽米を久慈地区から福岡地区に地区替をする。
第64回全国選抜高校野球大会に出場した宮古は星陵と対戦し強打者松井に2本のホームランを打たれ9−3で敗退する。春季東北大会、軟式奥羽大会が本県会場で行なわれた。
春日部共栄を迎えて招待試合を遠野球場で行なう。
第74回全国高校野球選手権岩手大会の決勝戦一関商工対専大北上は決勝戦初の延長戦となる。 10回5−4で一関商工が優勝。全国大会の1回戦、山口鴻城に5−1と 勝利し2回戦の神港学園に11−4で敗れた。
平成5年 副会長に高橋司氏、監事に橋本毅一氏が就任。
第75回全国高等学校野球選手権大会は記念大会。開会式において初代理事長、故松嶋真蔵氏を顕彰。
大会キャッチフレーズを公募、 「白球のもと75たびの夏に輝け岩手の球児」 (福岡高校 大瀧美苗さんの作品)が入選、表彰する。
平成6年 副会長に本間良樹氏、松尾昭明氏、監事に菊池定一氏、事務局長に 千葉春夫の各氏が就任。
岩手県高野連の努力目標として「パワーベースボール」を掲げる。夏の選手権大会抽選会の会場を教育会館から都南文化会館に変更。
第76回全国高等学校野球選手権大会では盛岡四高が初優勝、全国大会でも2回戦に進んだ。故藤原良二審判長の功績を顕彰。
秋季県大会の準決勝と決勝を同日に行わず、分離して日程を5日間に伸ばした。日本高野連の田名部裕和事務局長、東大の平野裕一監督を講師に迎え、 指導者研修会を花巻で実施。
登録料を10000円に値上げし、選手権大会の参加料10000円を徴収する。
平成7年 会長に村上正男氏、副会長に佐藤 基氏、理事長に中里四志雄氏が就任。
日米親善試合が盛岡で行なわれ、岩手代表の専大北上が対アメリカ選抜チームに善戦、10対10で引き分ける。 日本高野連から牧野直隆会長と田名部裕和事務局長が来盛。
第77回全国高等学校野球選手権大会では盛岡大附属が初優勝。
秋の東北大会が岩手で行なわれ、決勝に進んだ釜石南が第68回全国選抜高校野球大会に出場した。春季県大会の日程も5日間とした。
平成8年 副会長に菅原新氏、監事に多田正夫氏が就任。
秋季県大会の出場校を1校ふやし22校とする。 秋季東北大会への出場校が各県3校づつとなったことに伴ない、 第三位決定戦を実施。
夏の選手権岩手大会では盛岡大附が2連覇を飾る。
平成9年 会長に高橋馨氏、副会長に蒲生知久平氏、監事に熊谷守の各氏が就任。
福岡支部の名称を二戸支部と変更。大会参加規定の一部が改正され、副部長(コーチ)及記録員のベンチ入りが認められた。 ボール、ストライクのコール順の変更、タイムの回数制限が実施された。
第79回選手権岩手大会の会場の一つを盛岡市営球場から滝沢村総合運動公園野球場に変更した。 この大会で、専大北上が6年振り2度目の優勝を飾り、全国大会では地元大阪代表の履正社を2−1で下し、県勢として23勝目をあげた。専大北上は国体にも出場して、第三位となる。
平成10年 副会長に鈴木 白氏、富澤正一氏、監事に渡邊利光氏が就任。
第80回全国高校野球大会は記念大会であり、岩手大会の開会式では司会を女子生徒が行い、プラカードは盛岡白百合学園高校の生徒が担当した。
専大北上が2年連続優勝を飾り、全国大会では広島県代表の如水館と対戦、7回裏二死6−6のまま降雨コールドゲームとなり、 翌日再試合を行ない10−5で敗れる。
軟式野球でも専大北上が全国大会で2回戦へ進み、秋の国体にも出場した。